昭和十八年二月の東京帝国大学による「平賀総長の逝去に対する弔辞(弔詞案)」の表紙。平賀総長逝去への弔辞案であることを示す。
東京帝国大学に関する「現状を含む」目次のページ。総長事務取扱、学生生徒総代、文部大臣、海軍大臣、各帝国大学総長などの項目が列挙されている。
学術研究会議副会長、日本学術振興会会長、京都帝国大学理学部長など、各機関・団体の役職名を列記した資料。
平賀讓先生逝去に対する弔辞で、東京帝國大學総長等の肩書を挙げ、卒業後の海軍奉職と本学での講師・教授歴を記す。
海軍造船中将から東京帝国大学教授・工学部長・総長に至る経歴を記し、造艦技術研究や帝国海軍発達への功績、受章歴を述べる資料。
昭和十三年に総長に就いた先生の教育者としての事績を述べる資料。学風刷新、天皇陛下行幸、研究所創設や学生訓育強化が記される。
昭和十八年二月二十三日、寺澤寛一による大学葬弔辞。故総長の功績・人格、叙爵授章と遺志継承を述べる。
東京帝國大學の弔辞。二月十七日に亡くなった総長平賀先生を大学葬で送り、学生・生徒代表として経歴と海軍での功績を述べ哀悼する。
平賀総長の逝去を悼む追悼文。昭和十三年十二月の総長就任後の大学整備、第二工学部新設、戦時下の学生訓育と遺志継承の誓いを述べる。
昭和十八年二月二十三日、東京帝国大学学生生徒総代穂積重範による総長・平賀譲への弔辞。海軍造船中将としての経歴と造船学・技術への功績を述べる。
昭和十八年二月二十三日、文部大臣橋田邦彦による大学葬弔辞。教育・学界での功績、艦艇設計、男爵・旭日大綬章授与をたたえる。
故海軍技術中将・男爵・工学博士平賀藤君への弔辞。明治三十四年任官以来の海軍造船への功績と独創的建艦の偉業をたたえる。
昭和十八年二月二十三日海軍大臣嶋田繁太郎の弔意と、東京帝国大学による平賀讓への弔詞。造船・海防への功績、総長としての業績、日華学術文化交流への尽力を讃える。
昭和十八年二月二十三日、東京帝國大學總長平賀博士の急逝を悼む弔辞。工学教授・総長としての資質、学風刷新と國體への貢献を述べる。
昭和十八年二月、東京帝國大學總長・海軍技術中將・工學博士・男爵平賀讓の薨去を悼む弔辞。大学での人柄と海軍艦艇設計・技術研究の功績を述べる。
小型巡洋艦夕張、加古級・妙高級などの設計や艦艇整備、第三次補充計画、東京帝國大學での教育功績を称える文書。
昭和十八年二月二十三日、造船会長・海軍技術中将福田啓二による弔辞。故人の造船・教育・学界での勲功と叙爵・叙勲をたたえ冥福を祈る。
昭和二十四年(?)の平賀譲への弔辞。東京帝国大学総長としての統率、大学発展への功績、海軍での功績と皇恩をたたえ哀悼している。
昭和十八年二月二十三日、東北帝国大学総長熊谷岱蔵による平賀讓の学葬弔辞。造艦の権威、東京帝国大学総長としての功績と人格を悼む。
昭和十八年二月二十三日、東京帝國大學總長男爵平賀讓の薨去に際し、北海道帝國大學總長裕と大阪帝國大學總長眞島利行が弔意を表した弔詞。
帝國學士院会員・平賀讓への弔詞。海軍・造船、東京帝國大學總長、帝國學士院賞受賞などの業績と本院への尽力を述べる。
昭和十八年二月二十三日の帝國學士院長長岡半太郎らによる弔辞。平賀讓の逝去を悼み、軍艦設計や東京帝國大學総長、學術硏究會議での功績を述べる。
學術硏究會議会長の功績を述べた弔辞。昭和十五年就任後の会則改正、科學制度調査委員會設置、戦時下研究推進を記す。
昭和十八年二月二十三日、日本學術振興會會長近衞文麿らによる弔詞。理事・評議員として貢獻した平賀讓の逝去を悼む。
昭和十八年二月二十三日、日本學術協會理事長寺澤寛一が、本会評議員男爵平賀讓の逝去を悼み東京帝國大學へ呈した弔詞。
昭和十八年二月十九日付の弔辞で、東京帝国大学総長・平賀讓の急逝を悼み、京都帝国大学理学部長松本敏三が哀悼の意を述べている。
昭和十八年二月十八日、京城帝國大學理工學部敎協會から東京帝国大学総長平賀讓閣下の逝去に寄せた弔辞。公共への功績を謝し哀悼を表す。
昭和十八年二月十八日、京城帝國大學理工學部長・山家信次による東京帝國大學総長・平賀讓閣下逝去への弔辞。学界・教育界への貢献を偲び哀悼する。
昭和十八年二月二十三日、神戸商業大学長市原季一による東京帝国大学総長・平賀譲男爵逝去への弔辞。
東京帝国大学総長・平賀譲博士の昭和十八年二月十七日の逝去を悼む弔辞で、造船・教育への功績や人格、第二工学部創設などを述べる。
昭和十八年二月、平賀譲の逝去を悼む弔辞・弔意の資料。小泉信三や盛岡高等農林学校長上村勝爾の名が見える。
東京帝國大學の弔辞で、故平賀讓の造船界・学界への功績と、菱水會評議員・理事としての貢献を追悼している。
昭和十八年二月二十三日の弔辞。草水会会長安保清種、東京帝国大学、洋洋会が男爵平賀譲の逝去を悼み、感謝と冥福を述べている。
昭和十八年二月二十三日、在八幡海軍首席監督官・藥谷英彦が平賀讓の逝去を悼み、功績を偲んで弔意を表した弔詞。
東京帝国大学の弔詞で、造船協会名誉員の工学博士・男爵牛貢讓君の逝去を悼み、長年の役員・会長としての功績を述べている。
昭和十八年二月二十三日、造船協会会長・東京帝国大学総長平賀讓による弔詞と、海軍有終会による平賀讓逝去への弔詞。
中華民國三十二年二月十七日に亡くなった東亞文化協議會副會長・男爵平賀讓への東京帝國大學の弔辞。造船と日中文化提携への功績を述べる。
中華民国三十二年二月二十三日、東亜文化協議会会長周作人が平賀譲の葬儀に寄せた弔辞。平賀の海軍・造船界、東京帝国大学総長としての功績を悼む。
昭和十八年二月、東京帝国大学総長・従三位勲一等男爵平賀譲の薨去に際し、大政翼賛会総裁や帝国教育会が弔意を表した弔詞。
昭和十八年二月二十日、日本工学会理事長俵國一による平賀讓君への弔辞。逝去に際し本会への貢献を追憶し、弔意を表している。
昭和十八年二月二十三日付、学士会による東京帝國大學関係の弔辞。会員である工学博士・工学士の平賀讓君逝去を哀悼している。
昭和十八年二月二十三日付、東京帝國大學での弔辞。東亞同文會理事平貞藏の逝去を悼み、近衞文麿が功績を偲び弔意を表している。
昭和十八年二月二十三日付、東京帝國大學・財團法人理化學研究所長大河內正敏による弔詞。平賀讓君の逝去を悼み弔意を表している。
昭和十八年二月二十三日、日本度量衡協會会長岡本英太郎が、評議員の從三位勲一等男爵平賀讓の薨去を悼んで述べた弔辞。
昭和十八年二月二十三日、帝国水難救済会会長伯爵松平頼寿による平賀譲への弔詞。昭和四年以来の評議員としての功績を悼む。
昭和十八年二月二十一日付、華族会館長公爵輔による弔詞。東京帝国大学会員平賀讓君の逝去を哀悼し、弔意を呈している。
昭和十八年二月二十一日の商業会議所記録区画書と、昭和十八年二月二十日付の男爵会による平賀讓君への弔辞。
昭和十八年二月二十三日、東京帝國大學の弔詞。校友である從三位勳一等男爵平賀讓君の逝去を悼み、山川幸男が捧げたもの。
昭和十八年二月二十三日、東京帝国大学経済学会会長森莊三郎による弔辞。顧問兼評議員の平賀男爵閣下逝去への哀悼を述べている。
東京府尋常中学校明治二十八年卒業生一同による、平賀讓への追悼文。築地校舎での同窓時代や海軍技士・大学総長就任後の交流を述べる。
昭和十八年二月二十三日、東京府尋常中学同期の堀竹雄による弔辞。故人の誠意や健康、学府での疲労、君国への功績を追憶する。
昭和十八年二月二十三日付、東京帝國大學への弔辞。横須賀市汐入國民學校長 德治が故・平賀讓閣下の逝去を悼み、冥福を祈っている。
田松武平謹書の東京帝国大学「弔辞」。平賀譲の逝去を悼み、艦の生みの親であり汐入国民学校の大先輩として敬慕したことを述べる。
汐入校生徒が二月十七日に平賀先生の死を悼み、夕張・加古・陸奥・長門の設計や東京帝国大学総長としての功績を称える追悼文。
昭和十八年二月十八日、横須賀市汐入國民學校児童総代・野邊和男による平賀讓先生への追悼文。母校の誇りとして先生を手本にすると誓う。